連続飲酒→禁酒(失敗を繰り返す)→1年間の禁酒→平日禁酒→断酒(継続中)と、酒との付き合い方を変えてきた『酒のまん』です。
気づけば、今日も飲んでいる。
「今日はやめようと思ってたのに…」
そんな日が、これまで何度あったか分かりません。
グラスを持ちながら、
「なんでまた飲んでるんだろう」
って、どこか他人事みたいに思っている自分がいました。
でもこれって、
本当に「自分の決断」だったんだろうか?
振り返ると、自分で選んだ決断ではなかった気がします。
「今日は飲もう」と自分で決めている感覚
お酒を飲むときって、
一応こんなふうに考えてますよね。
「今日は頑張ったし、いいか」
「まあ1本だけなら」
「今日は飲もう」
ちゃんと自分で決めている“つもり”になる。
だから、
「自分の意思で選んだ結果だ」
って思ってしまう。
でも、よく考えたらちょっとおかしい。
朝は「飲まない」と決めてたはず
朝の自分は、確かにこう思っていたはずなんです。
「今日は飲まない」
「今日こそ禁酒しよう」
「帰ったらゆっくり過ごそう」
あんなにハッキリ決意していたのに、
夕方になると、なぜかこうなる。
「…まあいいや。今日は飲もうかな」
いやいや、
そんなバカな話ある? って思いません?
数時間前の自分と、真逆の決断をしている。
その日、特別イヤなことがあったわけでもない。
強烈なストレスがあったわけでもない。
なのに、なぜか飲んでいる。
これ、冷静に考えたらかなり不自然です。
それ、本当に「自分」?
僕が出した結論はシンプルでした。
それは自分の決断じゃない。
酒に慣らされた脳に、
うまく誘導されているだけなんじゃないか。
アルコールって、
理性じゃなくて「習慣」と「依存」に働きかけてきます。
夕方になったら飲む
冷蔵庫を開けたら飲む
なんとなく飲む
気づけば、ほぼ自動運転。
考えているようで、
実はほとんど考えていない。
言い方は強いですが、
ちょっとした「洗脳状態」に近いなと感じました。
自分の人生なのに、自分で選んでいない
これって、よくよく考えると怖いですよね。
自分の人生なのに、
自分で選択していない。
「飲みたいから飲む」じゃなくて、「飲まされている」。
もしこれが本当なら、
お金
時間
体調
次の日のパフォーマンス
全部、知らないうちに奪われていることになります。
それって、めちゃくちゃもったいない。
というか、怖い。
禁酒は「自由を取り戻すこと」だと思った
だから僕は思いました。
禁酒って、
健康のためとか、節約のためとか、
もちろんそれもあるけど、
一番大きいのは、
「自分で選択できる人生を取り戻すこと」
なんじゃないかって。
飲むか飲まないかを、
ちゃんと自分の意思で決められる。
誰か(何か)に操られるんじゃなくて、
自分でハンドルを握る。
ただそれだけのことなんだけど、
それが一番大事なんじゃないかと思っています。
僕は自分で選ぶ側に戻りたい
正直、まだ揺れることはあります。
飲みたくなる日もあるし、
「今日くらい…」って思う日もあります。
でもそのたびに、自分に聞くようにしています。
「それ、本当に自分の決断?」
って。
その問いかけだけで、
少し冷静になれることが増えました。
そして僕は、
操られる側じゃなくて、選ぶ側でいたい。
だから今日も、飲まない方を選びます。
自分の意思で。
